We are "Sumai"
2021年、住まい設計工房は設立9周年を迎え、いよいよ記念すべき10年目へと突入しようとしています。
もう既に、私たちは新しい工務店でも無名の設計事務所でもありません。住まい設計工房こそが「京都の住まい」をアップデートする。そんな期待と責任を背負い、1棟1棟しっかりと心を込めて設計し、社員全員が現場で汗を流して建設しています。
次の10年も「良い家を作りたい」という変わらぬ想いで私たちは繋がり続けます。しっかりと支え合い、ひとつのチームとして日々前進する住まい設計工房に、是非ご期待ください。
2021年 夏
住まい設計工房 代表取締役 蘇理裕司
京都生まれ。
パナホームにて営業所長も兼ね、約80棟の住まいづくりに携わる。
本格的な住まいづくりを目指し、工務店に勤務。
建築家とコラボレーション、またお施主さんとの「語り合いから生まれる家づくり」「かかわったすべての人が幸せになれる住まいづくり」を実践。
もともと想像好きで図工が得意な子どもでした。街中の住宅を眺めては「家づくりの仕事をしたいな」と考えているような少年時代だったと記憶しています。そのためか、大学を卒業する時に採用試験を受けた会社は、なぜか住宅会社ばかり。そして、願いどおりにハウスメーカーに営業職として入社を果たすことになります。
大学では経済を専攻。ただし、授業よりもクラブ活動に没頭。ボクシング部に入部するも、デビュー戦で大きなケガを負いボクシングを断念。その後、空手部に入部するというガチガチの体育会系の道を歩みました。しかし、4年次になると卒業のための単位不足が発覚。そこから猛勉強で単位を取得し(まじめにやりすぎて、ほとんどが「優」)無事に卒業に漕ぎ着けました。この時の頑張りの経験が、後々の資格取得の勉強のときにも役立ったと感じています。
ハウスメーカーでは営業経験を順調に重ね、同期でもトップで営業所長になったのですが、自らの希望で建築士資格を取得して設計職に。さらに、設計と営業の両方のスキルを生かして、高額物件を中心に「設計営業」としてお客様に接し、80棟余りの住まいづくりに携わることとなりました。役割分担がはっきりしたハウスメーカーの組織の中において、私は異端な存在であったと思います。
ハウスメーカーでは自社製品の規格に沿った住まいづくりが求められます。お客様のためを思って独自性の高い設計を考えれば考えるほど、自社の規格との乖離が生じてしまう。逆に自社の規格に収めようとすると、お客さんを「巧く」誘導していく「方便」が必要となる。「設計営業」であるが故のジレンマに耐えきれず、結局、20年勤務したハウスメーカーを退職するに至りました。
転職した会社は、設計事務所の案件の施工をメインとする工務店でした。そこでの配属は、今まで経験したことがない「監督」職だったのです。最初の1~2年は戸惑うことばかりでしたが、設計事務所の厳しい(時として無茶な)要求に応えていく中で現場監理と設計の善し悪しを学び、さらに前職での営業、設計といった経験も加えることで、自社案件を次第に増やしていくことに貢献。最終的には新築事業部の責任者となりました。
新築事業も軌道に乗り、また、自身も20棟以上の物件に関わることで、住まいづくり全体をひと通り理解するに至ったこともあり、念願であった独立を決意。出身地である京都で2012年11月に「住まい設計工房」を立ち上げました。ハウスメーカー、工務店、そして設計事務所の住まいづくりに関わり、それぞれの良いところ悪いところを知り尽くしている経験と知識をもとに、お客様らしい快適な住まいを、ブレなく、適正なコストでプロデュースすることを目指し、少数精鋭にて活動しています。
京都生まれ。
二級建築士、二級福祉住環境コーディネーター。
大学のオープンキャンパスをきっかけに住宅の仕事に携わることを目指し、大阪市立大学の生活科学部居住環境学科へ進学。卒業後は大阪の地域密着型工務店に就職し、家づくりに関わる様々な業務を経験。ここでの経験を活かしつつ、住まい設計工房の設立から現在に至るまで奮闘中。
高校では英文や古文を訳するのが好きだったので、漠然と「将来は文章に携わる仕事を…」と考えていたのですが、ある日、母から「物を作るような仕事が向いているのでは」と言われました。たしかに小学校の頃から図画工作が好きだったので、この言葉をきっかけに考えが変わり始めます。
大学のオープンキャンパスで理系の学部も見学する中、建築の中でも住宅に特化した「住居学」の学科に興味を持ち、この方向で進学を、と決めました。
1年浪人した後、大阪市立大学の生活科学居住環境学科へ進学。苦手な理系科目に四苦八苦しつつ何とか4年生まで進級し、やはり家づくりに携わるハウスメーカーなど住宅会社をメインに就職活動した結果、ある住宅会社への就職が決まりました。ところがその会社が卒業を間近に倒産してしまい…、しばらく就職浪人をする事態に。
卒業後も就職活動を続けるうち、大学からの紹介で大阪市内の工務店へ就職が決まりました。ここでの経験が、家づくりの仕事の原点になっています。現場へ出たり、建築家の描いた図面を読んだりと様々な経験を積み、また地域密着型工務店として地域イベント企画や情報誌づくりも担当していました。そのような日々の中で家づくりの仕事の楽しさ、素晴らしさを体感し、あらためて「ずっとこの仕事を続けていこう」と思うようになりました。
現・住まい設計工房代表の蘇理が当時の勤務先の工務店へ転職してきたのですが、自ら率先して家づくりを楽しむ姿が印象的でした。その後、蘇理の「住まい設計工房」の立ち上げに賛同し、今に至ります。家を建てるのはほとんどのお施主様にとって一生に一度の大事業です。満足・納得の家を完成していただけるよう、丁寧な対応を心掛けたいと思います。
当社は京町家のショールームを兼ねたオフィスです。ぜひお気軽にお越しください。